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【体験談】児童相談所で一時保護を受けたあとの子供の話

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虐待やネグレクトを受けている子供達を、守り・保護する場所が児童相談所

 

これはたくさんの人が知っていることだと思う。

 

でも、保護された後のことって詳しく知らない人が大半なのではなかろうか?

 

というわけで、この記事では私自身の児童相談所で一時保護を受けたあとの実体験をまとめてみた。

 

最近では、ドラマや漫画の題材にも児童虐待が取り上げられてるし、昔と比べると関心は高まったと思う。でも、やっぱり体験者としては、ドラマや漫画はフィクションだと感じる。

 

現実ではそう“めでたしめでたし”とはいかないし、「んなアホな」と思わず突っ込みたくなる要素が満載。

 

他の人の家庭事情に職員さんと子供達総出で向かっていったりね。んなアホな(´・Д・)ノ

 

児童相談所に保護された後はどうなるのか?

相談所内ではどんな生活をしていたのか?

 

気になる人は、ぜひ読んでみてほしい。

 

※今回は明るい話じゃないので苦手な人は読まないでね。

 

もくじ

 

一時保護所での保護期間

 まず、一時保護所での保護期間について。

 

家庭環境に問題があったり、家族と一緒に暮らすことができないと判断された子供達は、まず児童相談所の一時保護所にて保護されます。

 

私の家庭環境はゴタゴタしすぎていたため、保護期間は驚きの3ヶ月という最長記録を叩き出しましたが、基本的には保護期間は1週間から3週間ほどです。

 

親御さんが親権を争っているであったり、裁判をしているであったり、家庭環境がゴタゴタしている家ほどこの保護期間は長くなります。

 

一時保護所内での生活

 もう10年くらいのことになるため、時間とかは詳しくは覚えていないけれど、タイムテーブルとしてはこんな感じでした。

 

  • 起床
  • 洗顔&はみがき
  • ラジオ体操
  • 中庭をマラソン
  • 朝食
  • 午前の活動(洗濯・掃除・勉強・読書など)
  • 昼食
  • 午後の活動(勉強・面談など)
  • おやつ
  • 午後の活動(勉強・面談など)
  • 夕食
  • 入浴・はみがきなど
  • 就寝

 

朝はラジオ体操から始まり、その後狭いけれど中庭を10周ほどマラソン。その後朝食を食べて、洗濯や掃除などを済ませる。

 

勉強は、その年代に合わせたドリルなどをするんだけど、なぜか私の年代のものはなく(なぜ)小学生のドリルを混ざってやっていました。

 

面談では、児相の担当者さんや、担任の先生、身内などと対話。時間は決められていて、職員立会いのもと、決まった部屋の中で行います。

 

傷を負ったからこそとても優しい子供達

児童相談所の一時保護所にいた子たちは、性格も年齢も性別も様々。私が保護されたときも、下は3歳の子から上は15歳のお兄さんまでいました。(当時私は13歳)

 

ただ不思議なことに、施設内ではほぼいざこざは起きませんでした。(後ほど移される児童養護施設にはひねっくれた奴がたくさんおった)

 

ただでさえ心に傷を負った子供達が集まるわけです。ストレスのもって行き場がなくて、いじめとか嫌がらせとかあってもおかしくないでしょ?

 

でも不思議なことに、ほぼ争いごとは起きませんでした。

 

中には、家庭環境が問題ではなく、自分自身が問題を起こして児童相談所にやってきた子もいました。その子はいわゆる“ヤンキー”だったんだけど、不器用なだけでとても優しい子でした。

 

当時を振り返って思うのは、みんな心の中に“寂しさ”と“不安”を抱えていたということ。

 

「これからどうなるのだろう?」という、とても大きな不安です。

 

同じ不安や痛み、悲しみを抱えていたからこそ、お互いに優しくなれたのかもしれないなと、当時を振り返ると思います。

 

一時保護所内で辛かったこと

 先ほど書いた通り、施設内でのいじめやケンカなどはほぼ発生しませんでした。

 

当時一緒にいた子たちのことを思い出すと、むしろあったかい気持ちになれます。みんな今ごろ元気かな?(元気であれ~♪)

 

辛いことは、もっと他のところにありました。

 

外との交流を完全にシャットアウトされること

一時保護所は、“子供達を守る”ための場所です。

 

中には本当に問題のある親・話の通じない親もいるため、安易に外との接触を持ってしまうと、子供が危険にさらされてしまうこともあります。(大袈裟ではなく)

 

なので基本的には外に出ることはできません。

 

また、外からの情報もあまり入ってこなかった。外の情報に触れることで、子供の心が寂しさ等によって不安定になってしまうからかもしれません。

 

テレビは確か、職員監視の下で土曜か日曜かの数時間だけだったと記憶しています。(もう十なん年前の記憶なのと、精神的に不安定だった時期なので、曖昧な部分があります。一応、一緒に保護された弟に確認しつつ書いてます。)

 

“外”に出れるのは施設内のほんの小さな運動場くらい。でもこれが本当にキツかった。完全に外とは隔離されているわけですからね。

 

よく、フェンスの中や窓から外を眺めていたんだけど、同じくらいの年頃の子たちがその外を通るんです。それが本当にキツかった。

 

なんで、私達は外に出れんのって

何も悪いことしてへんのにって

いつになったらここから出れるのって

 

面会もあったけど、会えるのは親戚や血縁関係にあるごく近い人や担任の先生など、とても限られてました。

 

だから友達だったり、いつも話を聞いてくれた先生とか、“心の支え”になってくれていた人には会えなかった。だからすごく寂しかった。

 

持ち物を一切持ち込めないこと

基本的に持ち物は全て、預けることになります。服や下着から何から、ボールペンなどももちろん。本当に“全て”です。

 

当時は、服や下着も、施設内で用意されたものを使用していました。

 

保護される子の中には、自傷行為をする子もいたし、みんな多かれ少なかれ心に傷を負ってるから不安定。だから仕方のない部分はあったんだろうと思います。

 

ペンや紙も職員の監視の下、必要な時に出してもらうというスタイルです。(後述しますが、連絡先交換などを防ぐためもあったみたいです。)

 

今思うけれど、私が物や人に執着できないのはこの経験が大きいなと思う。大事にはしても、無くなったときは無くなったときだと思っている部分があります。

 

時間が止まった感覚

外との交流が遮断されているため、私は”時間が止まっている感覚”がとても強かったです。単調な毎日の繰り返しで、1日がとても長く感じました。

 

これからどうなるのか、私たちはどうなるのか、右も左も分からない。

 

外に出ることもできない。ただ、毎日を“生きる”だけ。本当にキツかった。

 

仲良くなっても期間限定のつきあいであること

上でも書きましたが、子供同士の仲は良く、お互いたくさんの話をしました。不安な状況下だからこそ、子供同士お互いの心を支えていたのだと思います。

 

だからみんな、短い期間ではあったけれど、心の繋がりはとても深いものでした。

 

でも、ここに入っている子たちは“家庭環境に問題を抱えている子”が大半です。だからその後の交流は一切してはいけないし、連絡先も教えてはいけない。

 

その中だけで、成り立つ友達なんですね。

 

一度、本当に嫌で寂しくて、見えない部分の壁紙をひっぺがしてお互いに連絡先を交換したことがあります。

 

寝る部屋に押入れがあって、その縁に鉛筆が隠されていました。私より前からいた子から聞いた話ですが、こうして代々受け継がれているそうです。やっぱりみんな、どんなに強がっていてもさびしいんですよね。

 

でも出所した子が紙を忘れていったため見つかってしまい(おい)なぜか私だけ罰せられました。(なんという理不尽)

 

仲良くなっても、ある日突然いなくなってしまう。しかもそれが唐突にやってくる。

 

すごく、寂しかったのを覚えています。今思い出しても、心がきゅっと痛くなります。

 

必要なのは心のケア

当時を振り返って思うのは、「もっと子供達の心のケアをして欲しかったな」ということ。

 

職員の中には優しい方もいましたが、子供の心をないがしろにする方もいました。

 

言うことを聞かなかった時に、罰だと暗い部屋に1人で寝かせたり、トラウマをからかってわざと酷いことをする人もいました。

 

ただでさえズタズタな心の子ばかりやのに、ほんまこれトラウマになるよ。これは今思い出しても腹が立ちます。

 

自分が大人になって思うことは、職員は仕事の一環でしかないし、全てを理解することはできない。もちろんそこまで背負わせてはいけない。

 

でも、もう少しだけでいいから、子供の心に寄り添って欲しかった、と思います。これは私のわがままかもしれんけどどね。

 

せめて、嫌なことはしないで欲しかったな。

 

 最後に

あと、衝撃的だった話をひとつ。私がその一時保護所から出てからなのですが、職員による児童への猥褻行為がニュースになっていました。

 

当時そのニュースを見た時はもちろん、今なお思い出しても、本気で腹が立ち、心がすごく苦しくなります。

 

内容が内容なので、特定を防ぐため伏せますが、多分調べたら今も出てくるんじゃないかな。(当時ニュースになってたし)


以上、長くなってしまいましたが、当時を振り返りながら、一時保護所でのことをまとめてみました。

  

そんなことを書くべきじゃないと思う人もいるかもしれないけど、決してドラマの中のような“めでたしめでたし“では終わらないということと、虐待やネグレクトが子供に与える闇は想像以上に深いということを知って欲しいなと思いました。

 

いいことも悪いことも、“現実に起こっていたこと”を知ってほしいと思い、書きました。(少しでも明るく伝えたくてちょいちょい笑いははさんだけどね)

 

人ごとじゃなく、社会的にもっと虐待やネグレクトについての関心が高まりますように。

 

そして、同じような思いをする子供達が、少しでも少なくなることを願って。

 

※特定を防ぐため伏せている部分もありますが、できるだけ当時のことをありのまま記載しています。

 

児童虐待について知りたいならぜひ読んでみてほしい一冊

 「この作品はフィクションだ」という意見もあるらしいけど、被虐待経験者からすれば、むしろフィクションであってほしいと願わずにいられない。現実問題として、ひどい親はいるから。

 

追記(2018/11/24)

同じく児童相談所で保護された方からのコメント等いただきますが、場所や年代により児童相談所での生活や活動内容などには違いがあります。